認知症の原因はいろいりあって、個人の遺伝的な要素や環境要因が関与しています。認知症の最も一般的な原因は、アルツハイマー病と呼ばれる神経変性疾患です。アルツハイマー病は、脳内の神経細胞に異常なタンパク質が蓄積し、神経細胞の機能が損なわれることで起こります。
他の主な認知症の原因には、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症などがあります。脳血管性認知症は、脳血管に関連する問題によって引き起こされます。前頭側頭型認知症は、脳の前頭葉や側頭葉の萎縮によって特徴づけられます。レビー小体型認知症は、脳内にレビー小体と呼ばれる異常なたんぱく質が蓄積することによって発症します。
また、環境要因やライフスタイルも認知症のリスクに影響を与えることがあります。例えば、高血圧、糖尿病、肥満、喫煙、運動不足、高脂血症などの生活習慣病は、認知症のリスクを高める要因とされています。
認知症の原因は複雑で多様であり、個人の遺伝的な要素や生活環境、健康状態などが相互に影響しあって発症することがあります。
日本は現在、世界一の高齢国となっており、認知症の増加は大きな社会問題となっています。厚生労働省の予測によると、2020年時点で日本の65歳以上の認知症患者数は約600万人であり、2025年には約730万人(高齢者の約5人に1人)に増加する見込みです。
ただし、これらの数字は認知症と診断された人の数のみであり、軽度認知障害(MCI)の人は含まれていません。現在の日本では、介護が必要なほど認知機能が低下した段階でようやく認知症と認定されます。自力で生活ができる程度の場合は、前段階の軽度認知障害(MCI)と診断されますが、病理学的にはMCIの段階でも既に認知症末期の初期段階とされています。これは船の底に穴が開いている状態に例えられます。何も対策をせずに放置すると、船内はますます浸水していくということです。アメリカの科学誌によると、MCIの人のうち約60%は3年以内に認知症と診断されるとされています。
つまり、家族や周囲の人が異変に気づいた時点で、既に認知症は末期の状態になっているのです。認知症は体の機能が元気なため、すぐに命を落とす病気ではありません。高齢になって命にかかわる病気としては、がん・脳卒中・心筋梗塞が3大疾病と呼ばれています。がんによる死亡が最も多く、2021年には38万1497人ががんで亡くなり、全死因の26.5%に相当します。がんの死亡率は現在、上昇傾向にあります。3大疾病を生き延びても、自立した生活ができずに要介護となる人も増えています。そして、要介護の原因の第1位は認知症です。
長生きしても、アルツハイマーなどの認知症を患った場合は、生きながらにして苦悩する日々が待っています。認知症患者とその家族が抱える痛みや苦しみは非常に深いものです。それは、認知症患者が自分の個性や人格を失っていくという事実によるものです。認知症の進行に伴う症状は病態によって異なりますが、記憶や実行機能の障害が進み、洋服の着方や道具の使い方がわからなくなり、会話する言葉を忘れ、家族の顔や自分の名前さえも忘れることがあります。また、自分がいる場所や食事も忘れ、徘徊したり、妄想や幻覚を見たり、感情のコントロールができずに虚言や暴言を吐くこともあります。そして、本人が自覚することは少なく、家族だけが多大な心労を背負うことになります。全ての人がこのような状態になるわけではありませんが、認知症の進行した状況は本人や家族にとって肉体的にも精神的にも悪夢のような苦痛をもたらします。
私たちが普段当たり前すぎて意識しない「脳の働き」が失われていくという現実は恐ろしいものです。この怖ろしい病気を患う人は、高齢化に伴いますます増えています。ですから、正しい認識を持ち、ご自身や家族が抱えるリスクについても考える必要があります。
この記事の目次
認知症の種類
以下に代表的な認知症の種類をいくつか挙げます。
- アルツハイマー病(Alzheimer’s disease): アルツハイマー病は最も一般的な認知症の形態であり、進行性の脳疾患です。主な症状には記憶障害、思考力の低下、認識の困難、言語障害などがあります。
- パーキンソン病性認知症(Parkinson’s disease dementia): パーキンソン病は通常、運動障害を引き起こす神経変性疾患ですが、進行すると認知症の症状が現れることがあります。これにより、注意力の低下、判断力の低下、認識の困難などが生じます。
- レビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies): レビー小体型認知症は、レビー小体と呼ばれる特定の異常なたんぱく質が脳内に蓄積することで引き起こされる認知症です。主な症状には認識の困難、視覚的幻覚、パーキンソン症状、注意力の低下などがあります。
- 血管性認知症(Vascular dementia): 血管性認知症は、脳の血管に障害が起こることによって引き起こされる認知症です。症状は、脳梗塞や脳出血によって起こる神経細胞の損傷によって異なります。
- その他の種類: 他にも、前頭側頭型認知症、錐体外路症状を伴う認知症、前頭葉変性症など、さまざまな認知症の形態が存在します。
認知症の原因:アルツハイマー病
アルツハイマー病は、認知症の一形態であり、脳の神経細胞が次第に損傷し、機能を失っていく病気です。この病気の原因はまだ完全には分かっていませんが、いくつかの要因が関与していると考えられています。
アルツハイマー病では、脳内にアミロイドベータという異常なたんぱく質がたまります。通常、体内ではこのたんぱく質は処理されて取り除かれるのですが、アルツハイマー病ではうまく排出されずに蓄積してしまいます。このアミロイドベータが脳内にたまり、プラークと呼ばれる斑点を形成します。このプラークが神経細胞の機能を妨げ、徐々に神経細胞がダメージを受けて死んでしまうのです。
さらに、アルツハイマー病ではもう一つのたんぱく質であるタウにも問題が起こります。タウは神経細胞内で役割を果たすたんぱく質で、神経細胞の骨格を安定させる役割があります。しかし、アルツハイマー病ではタウが変異し、絡み合って神経細胞内に異常な凝集物を形成します。これが神経細胞の機能を妨げ、神経細胞が次々に死んでしまう原因となります。
さらに、アルツハイマー病では脳内で炎症が起こります。アミロイドベータやタウの異常な蓄積が免疫系の反応を引き起こし、炎症を生じさせます。この炎症が神経細胞に悪影響を及ぼし、アルツハイマー病の進行を加速させる可能性があります。
さらに、アルツハイマー病では脳内の神経伝達物質であるアシルコリンの量が減少します。アシルコリンは神経細胞同士のコミュニケーションに重要な役割を果たしており、記憶や学習に関与しています。そのため、アシルコリンの減少は認知機能の低下を引き起こす要因となります。
これらの要因が絡み合ってアルツハイマー病が進行します。現在はまだ完全には解明されていない部分もありますが、これらの異常がアルツハイマー病の原因として関与していると考えられています。
認知症の原因:パーキンソン病性認知症
まず、パーキンソン病という神経変性疾患が基礎になっています。パーキンソン病では、脳内の特定の神経細胞が機能低下したり死滅したりすることで、身体の運動機能に障害が生じます。この病気は、一部の人にとって認知機能にも影響を及ぼすことがあります。
さらに、パーキンソン病性認知症では、特定のタンパク質であるα-シヌクレインの異常な蓄積が問題となります。通常、このタンパク質は神経細胞内で正常に働いていますが、パーキンソン病性認知症では、異常な形で蓄積し、神経細胞内でルー・ボディと呼ばれる異常な構造を形成します。これにより神経細胞が損傷し、認知機能に影響を与える可能性があります。
また、炎症反応もパーキンソン病性認知症の原因と考えられています。慢性的な神経炎症が脳内で起こり、神経細胞が損傷されることがあります。この炎症反応は、認知機能の低下や神経伝達物質のバランスの変化につながる可能性があります。
さらに、遺伝的な要素も関与しています。一部の人は、特定の遺伝子変異や遺伝子の異常なコピー数を持っていることで、パーキンソン病性認知症の発症リスクが高まる可能性があります。
しかし、パーキンソン病性認知症の正確な原因はまだ完全に解明されていません。
認知症の原因:レビー小体型認知症
レビー小体型認知症は、脳の神経細胞に異常なたんぱく質であるレビー小体がたまることが原因です。このたんぱく質が溜まると、神経細胞が破壊されてしまい、脳の機能が障害されてしまいます。具体的な症状としては、認知機能の低下や記憶力の衰え、幻視(見えないものを見ること)などがあります。
この病気は、パーキンソン病とも関連しています。パーキンソン病では、同じくレビー小体が特定の脳の部位にたまり、運動障害が現れます。しかし、レビー小体型認知症では、レビー小体が脳の広い範囲に広がり、認知機能にも影響を与えます。
なぜレビー小体がたまるのかは、脳の神経細胞の減少と関連しています。脳の神経細胞が減少すると、特に記憶に関係する部分や情報処理を担う部分が縮小し、レビー小体がたまりやすくなるのです。
レビー小体型認知症は脳の神経細胞に異常なたんぱく質がたまることで引き起こされる病気で、認知機能の低下や幻視などの症状が現れます。このたんぱく質の蓄積は脳の神経細胞の減少と関係しており、パーキンソン病とも関連があります。
認知症の原因:血管性認知症
血管性認知症は、脳血管障害(脳卒中)が原因で起こる認知症の一種です。脳血管障害とは、脳の血管が詰まったり破れたりすることで、脳の一部に障害が生じる状態を指します。
具体的には、血管が詰まることで血流が阻害されたり、血管が破れて出血が起こったりします。これによって、脳の神経細胞が酸素や栄養を受け取れずに損傷を受け、その結果として認知機能の低下やさまざまな症状が現れます。
血管性認知症のリスク要因は、主に生活習慣に関連しています。高血圧、糖尿病、不整脈、高脂血症などの状態は、脳血管障害を引き起こすリスクを高める要因となります。これらの状態は、血管の健康に悪影響を与え、血管の詰まりや破れのリスクを増加させます。
認知症の原因:前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症は、主に70歳までに発症することが多い認知症の一種です。しかし、稀に65歳未満でも発症する若年性認知症として現れることもあります。若年性認知症の原因としては、血管性認知症やアルツハイマー型認知症に次いで、3番目に多いとされています。
欧米の研究では、前頭側頭型認知症の30〜50%は遺伝に関連しているとされていますが、日本では遺伝による発病はほとんど見られません。
現在の研究では、前頭側頭型認知症の脳にはタウたんぱく質やTDP-43と呼ばれるたんぱく質が異常な蓄積を起こしていることが明らかになっています。しかし、これらのたんぱく質が蓄積する具体的なメカニズムやその原因についてはまだ解明されていません。
タウ・TDP-43・FUSといったたんぱく質の異常な変性と蓄積が前頭側頭型認知症の発症に関与していると考えられています。ただし、これらのたんぱく質がなぜ変性して蓄積するのかについてはまだわかっていません。
ストレスやアルコールも前頭側頭型認知症の原因と関連している可能性がありますが、現時点でははっきりとはわかっていません。ストレスはアルツハイマー型認知症や脳血管型認知症の発症原因と関連がありますが、前頭側頭型認知症についてはまだ確定的な関係が明らかにされていません。
アルコール依存症は若年性認知症のリスク要因とされており、アルコール性認知症と前頭側頭型認知症の症状が似ていることから関連が疑われています。ただし、アルコールは直接的な前頭側頭型認知症の原因ではありません。
また、欧米では前頭側頭型認知症が家族内で複数の人に発症するケースがよく見られますが、日本ではあまりそのような傾向はありません。欧米では家族内での遺伝子の変異が関与していることが確認されています。
前頭側頭型認知症では、脳の前頭葉や側頭葉が萎縮することによって障害が生じます。最近の研究では、タウたんぱく質やTDP-43といった病的なタンパク質が脳の神経細胞に異常な蓄積を引き起こし、前頭葉や側頭葉の萎縮が起こると考えられています。
ただし、なぜこれらの病的なタンパク質の蓄積が起こるのか、その原因についてはまだ解明されていません。より詳しい理解を得るためには、さらなる研究と科学的な進展が必要とされています。
認知症の原因:環境要因
生活習慣病
高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満などの生活習慣病は、認知症のリスクを増加させる要因として知られています。これらの病気は血管や神経にダメージを与え、脳への血流や酸素供給を悪化させることで認知機能の低下を引き起こす可能性があります。
高齢化
:年齢が上がると認知症の発症リスクが増加します。老化に伴い、脳の細胞や神経回路の機能が低下するため、認知症の発症リスクが高まると考えられています。
社会的孤立
社会的なつながりや交流の不足は、認知症のリスクを増加させる要因となることが研究で示されています。人間関係や社会的な活動が減少すると、認知機能の維持や刺激の不足によって認知症の発症リスクが上昇する可能性があります。
教育レベル
教育のレベルが低い人ほど、認知症の発症リスクが高くなる傾向があります。教育は脳の認知機能の発達や予備力を高めることに関連しており、学習や知識の蓄積が認知症の症状の進行を遅らせる可能性があります。
身体的活動不足
適度な身体的活動は脳の健康に重要です。運動不足は心血管機能の低下や血液循環の悪化を引き起こし、それによって脳に酸素や栄養の供給が十分に行われなくなる可能性があります。このような状態は認知症のリスクを高めることがあります。
これらの環境要因は、個々の要素だけでなく相互に影響しあうこともあります。
認知症の原因:その他の要因
遺伝的要因
遺伝的な要素が認知症の発症リスクに関与することがあります。一部の認知症は、特定の遺伝子変異や家族内でのクラスター化が見られることがあります。たとえば、アルツハイマー病に関与する遺伝子APOE ε4は、認知症の発症リスクを増加させると考えられています。
脳の損傷
頭部外傷、脳卒中、腫瘍など、脳に損傷を与える要因は認知症のリスクを高めることがあります。これらの損傷は、脳の神経細胞や神経回路に悪影響を与え、認知機能の低下を引き起こす可能性があります。
炎症と免疫応答
慢性的な炎症や免疫応答の異常は、認知症の発症に関与することが示唆されています。炎症や免疫応答が脳において過剰に活性化すると、神経細胞にダメージを与え、認知機能の低下を引き起こす可能性があります。
環境毒素
長期間にわたる有害な環境要因や毒素の曝露は、認知症のリスクを増加させる可能性があります。たとえば、重金属(鉛、水銀など)や農薬などの毒素は、脳に損傷を与え、認知機能の低下を引き起こすことが知られています。
精神的健康状態
長期的なうつ状態、不安、慢性的なストレスなどの精神的な健康状態の問題は、認知症のリスクを増加させる可能性があります。精神的な負担は脳の機能に影響を与え、認知機能の低下につながることがあります。
薬物の使用
特定の薬物や薬物の乱用は、認知症のリスクを増加させることがあります。例えば、長期間のベンゾジアゼピン系の使用は、認知機能の低下と関連することが報告されています。
これらの要因は個々に影響する可能性がありますが、一般的には複数の要素が相互に作用し、認知症の発症リスクを増加させることがあります。
認知症の原因は生活習慣病
2020年にイギリスの医学雑誌で発表された認知症のリスク要因によれば、そのうちの約6割はまだ不明ですが、残りの4割は修正可能な要因とされています。つまり、日常生活を改善することで認知症の発症リスクを4割減らすことができるということです。
認知症予防には、まず認知症が生活習慣病であるということを理解しましょう。そして、自分に合った知的活動を楽しみましょう。例えば、読書やパズル、クロスワードなどを通じて脳を刺激しましょう。また、社会との交流も重要です。友人や家族とのコミュニケーションを大切にし、孤立せずに暮らしましょう。これらの日常の積み重ねが脳の神経細胞を活性化させ、認知機能を保つことにつながります。
さらに、難聴にも注意しましょう。加齢による難聴は高齢者の間で一般的であり、認知症のリスクとも関連しています。聞こえが悪くなった場合は、耳鼻咽喉科を受診し、早めに補聴器を使用することが重要です。聴力を保つことで、コミュニケーションや社会参加がスムーズになり、認知症予防にもつながります。
そして、子どもへの健康教育も大切です。食事のバランスや適切な運動、十分な睡眠の重要性を教え、健康的な生活習慣を身につけさせましょう。これにより、将来の認知症のリスクを減らすことができます。
私たち大人ができることは、自身の生活習慣を見直し、知識を広げながら認知症予防に取り組むことです。知的活動を楽しみながらバランスの取れた生活を送り、難聴にも注意しましょう。また、子どもたちにも健康教育を行い、認知症のリスクを減らす未来を築きましょう。