この記事の目次

はじめに

近年、高齢化社会が進む中で「家族信託」という言葉を耳にする機会が増えてきました。しかし、「名前は聞いたことがあるけれど、実際どのような制度なのかよくわからない」という方も多いのではないでしょうか。

家族信託は、親の認知症に備えた対策や、スムーズな財産の承継を実現するための新しい仕組みとして注目されています。本記事では、家族信託について基本的な仕組みからメリット・デメリット、具体的な活用方法まで、専門用語を使わずにできるだけわかりやすく解説いたします。

1. 家族信託とは?基本の仕組みを理解しよう

1-1. 家族信託の定義

家族信託とは、一言でいうと「元気なうちに、信頼できる家族へ財産の管理を託しておく仕組み」のことです。資産を持つ方が、特定の目的(例えば「自分の老後の生活・介護等に必要な資金の管理及び給付」等)に従って、その保有する不動産・預貯金等の資産を信頼できる家族に託し、その管理・処分を任せる仕組みです。

1-2. 家族信託の登場人物

家族信託には必ず3つの立場の人が登場します:

委託者(いたくしゃ)

  • 財産のもともとの所有者
  • 財産を信託する人(多くの場合、両親や祖父母)

受託者(じゅたくしゃ)

  • 財産の管理運用処分を任される人
  • 実際に財産を管理する人(多くの場合、子どもや信頼できる親族)

受益者(じゅえきしゃ)

  • 財産から利益を受ける人
  • 多くの場合、委託者と同じ人(両親や祖父母)

つまり、「両親が子どもに財産の管理を任せ、その財産から得られる利益は両親が受け取る」というのが一般的な家族信託の形です。

1-3. 家族信託と従来の財産管理の違い

従来、高齢者の財産管理といえば成年後見制度が主流でした。しかし、成年後見制度には以下のような制約があります:

  • 裁判所の監督を受ける必要がある
  • 財産の積極的な運用が難しい
  • 専門家が後見人になると継続的な報酬が発生する
  • 手続きが複雑で時間がかかる

家族信託は、これらの制約を解決する新しい選択肢として注目されているのです。

2. なぜ今、家族信託が必要なのか?

2-1. 超高齢社会の現実

日本は世界でも類を見ない超高齢社会を迎えています。厚生労働省の調査によると、要介護認定者数は65歳から74歳で全体の1割強ですが、75歳以上になると9割弱と急増しています。年齢が上がるにつれて認知症になる確率も急激に上昇します。

2-2. 認知症による財産凍結の問題

認知症が悪化すると、銀行の口座などは凍結されてしまい、子どもでも親のお金を下ろせなくなります。不動産の売却も不可能になります。そうすると、親の介護に手をあげた子どもが金銭的な負担も強いられることにつながります。

2-3. 家族信託による解決

家族信託を設定しておけば、親が認知症になっても、予め決めておいた範囲内で子どもが財産の管理や処分を行うことができます。これにより、適切なタイミングで介護費用を捻出したり、必要に応じて不動産を売却することが可能になります。

3. 家族信託の6つのメリット

3-1. 財産管理が委託者の判断能力に影響されない

最大のメリットは、親が認知症になっても財産が凍結されないことです。信託契約により、子どもが法的に有効な権限を持って財産を管理できるため、スムーズな財産運用が継続できます。

3-2. 柔軟で迅速な対応が可能

成年後見制度と違い、家庭裁判所の許可を得る必要がありません。そのため、緊急時にも迅速な対応が可能です。また、積極的な資産運用や組替え(不動産の売却・買換・アパート建設等)も、受託者の責任と判断で実行できます。

3-3. 遺言よりも優先して適用される

家族信託契約で決めた財産の承継は、遺言よりも優先して適用されます。これにより、相続発生時の遺産分割協議を不要にし、相続手続きを大幅に簡素化できます。

3-4. 二次相続以降の指定が可能

遺言では一次相続(最初の相続)しか指定できませんが、家族信託では二次相続、三次相続まで予め決めておくことができます。例えば、「夫が亡くなったら妻に、妻が亡くなったら特定の子どもに」といった指定が可能です。

3-5. 不動産の共有問題を解決

複数の相続人が不動産を共有すると、将来的に管理や売却で問題が生じる可能性があります。家族信託を活用すれば、管理権限を一人に集約しながら、利益は平等に分配することができます。

3-6. ランニングコストが抑えられる

成年後見制度では専門家が後見人になると毎月数万円の報酬が必要ですが、家族信託では家族が受託者となるため、継続的な報酬は発生しません。

4. 家族信託のデメリットと注意点

4-1. 身上監護ができない

家族信託は財産管理に特化した制度のため、施設への入居契約や医療契約などの身上監護は行えません。これらが必要な場合は、任意後見契約との併用を検討する必要があります。

4-2. 受託者の負担と責任

受託者には重い責任が伴います。財産の管理義務、年次報告義務、税務申告義務などがあり、建物が原因で事故が起きた場合の損害賠償責任も負う可能性があります。

4-3. 家族間の不公平感

一人の子どもが受託者となる場合、他の兄弟姉妹から不公平感を持たれる可能性があります。事前の家族会議での十分な説明と合意形成が重要です。

4-4. 直接的な節税効果はない

家族信託それ自体には相続税を節税する効果はありません。財産の名義は変わりますが、財産の評価額は変わらないためです。

4-5. 遺留分の問題

家族信託による財産承継でも、遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。この点についても事前の対策が必要です。

4-6. 制度の理解と同意の必要性

家族信託は比較的新しい制度のため、高齢の親世代には理解しにくい場合があります。丁寧な説明と時間をかけた合意形成が必要です。

5. 家族信託の手続きの流れ

5-1. 事前準備と家族会議

まず、家族間で信託の目的や内容について話し合います。誰が受託者になるか、どの財産を信託するか、どのような管理を行うかなどを決定します。

5-2. 信託契約書の作成

専門家と相談しながら、具体的な信託契約書を作成します。公正証書にすることで、より確実性を高めることができます。

5-3. 信託登記(不動産がある場合)

不動産を信託する場合は、法務局で信託登記を行います。これにより、受託者名義での登記がなされます。

5-4. 信託口口座の開設

信託財産専用の銀行口座(信託口口座)を開設します。受託者の個人財産と信託財産を分別管理するために必要です。

5-5. 信託財産の管理開始

すべての手続きが完了すると、信託財産の管理が始まります。受託者は信託契約に従って適切な財産管理を行います。

6. 家族信託にかかる費用

6-1. 初期費用の内訳

自分で行う場合の実費

  • 公正証書作成手数料:3~10万円
  • 不動産の登録免許税:固定資産税評価額の0.4%(土地は0.3%)
  • その他書類取得費用:数千円程度

専門家に依頼する場合

  • 上記実費に加えて専門家報酬:信託財産の1~2%程度
  • 総額で50~100万円程度が一般的

6-2. ランニングコスト

家族信託の大きなメリットの一つは、ランニングコストがほとんどかからないことです。成年後見制度のような継続的な報酬は発生しません。

7. 家族信託の活用事例

7-1. 認知症対策のケース

事例: 70歳の父親が所有する自宅と預貯金を、長男に信託 効果: 父親が認知症になっても、長男が自宅の売却や預貯金の管理を行い、介護費用を捻出できる

7-2. 収益不動産管理のケース

事例: アパート経営をしている父親が、息子に収益不動産を信託 効果: 父親の判断能力低下後も、息子が継続してアパート経営を行い、家賃収入を父親が受け取る

7-3. 障害のある子への対策

事例: 障害のある子を持つ夫婦が、健常な長男に財産を信託し、障害のある次男への継続的な支援を依頼 効果: 夫婦亡き後も、長男が次男の生活を支援し、次男の死後は残財産を長男が相続

7-4. 共有不動産の管理

事例: 兄弟3人で相続した収益不動産を、長男に信託 効果: 長男が単独で不動産を管理し、収益は3人で平等に分配

8. 家族信託と他の制度との比較

8-1. 成年後見制度との違い

項目家族信託成年後見制度
開始時期元気なうちに設定認知症後に開始
管理者選択家族が自由に決定裁判所が選任
財産処分柔軟な運用可能制限が多い
費用初期費用のみ継続的な報酬
身上監護対応不可対応可能

8-2. 遺言との違い

項目家族信託遺言
効力発生契約時から死亡時から
生前管理可能不可
二次相続指定可能指定不可
変更契約変更で対応書き直しが必要

9. 家族信託を成功させるポイント

9-1. 早めの検討開始

家族信託は認知症になってからでは設定できません。親が70歳を迎えたら、一度検討を始めることをお勧めします。

9-2. 家族全員での合意形成

後々のトラブルを避けるため、推定相続人全員が制度を理解し、合意することが重要です。

9-3. 専門家との連携

家族信託は新しい制度のため、経験豊富な専門家との連携が成功の鍵となります。

9-4. 他制度との併用検討

身上監護のための任意後見契約や、信託対象外財産のための遺言など、他制度との併用を検討しましょう。

10. よくある質問(FAQ)

Q1. 家族信託はどのような人に適していますか?

A1. 以下のような方に特に適しています:

  • 認知症に備えた対策を考えたい方
  • 収益不動産を所有している方
  • 障害のある子どもがいる方
  • 成年後見制度の制約を避けたい方

Q2. 受託者は誰でもなれますか?

A2. 法律上は制限がありませんが、実際には以下の方が適しています:

  • 信頼できる家族(配偶者、子ども、兄弟姉妹など)
  • 財産管理能力がある方
  • 長期間にわたって責任を負える方

Q3. 家族信託中に委託者が亡くなったらどうなりますか?

A3. 信託契約で定めた通りに財産が承継されます。遺産分割協議は不要で、スムーズな相続が実現できます。

まとめ

家族信託は、超高齢社会における新しい財産管理の手法として、多くの家族に安心をもたらす制度です。認知症による財産凍結の回避、柔軟な財産管理の実現、スムーズな相続の実現など、多くのメリットがあります。

ただし、制度の理解と家族間の合意形成、専門家との適切な連携が成功の鍵となります。また、身上監護や税務対策など、家族信託だけでカバーできない部分については、他の制度との併用も検討する必要があります。

親の認知症に備えたい、財産の管理や承継で悩んでいるという方は、早めの段階で専門家に相談し、ご家族にとって最適な対策を検討されることをお勧めします。

家族信託は、「家族の、家族による、家族のための財産管理」を実現する素晴らしい仕組みです。正しく理解し、適切に活用することで、安心できる将来を築いていきましょう。

参考文献

  1. 家族信託普及協会「家族信託とは?」 https://kazokushintaku.org/whats/
  2. 朝日新聞相続会議「家族信託とは? 仕組みやメリット・デメリットを司法書士がわかりやすく解説」 https://souzoku.asahi.com/article/13432262
  3. リーガルエステート「【司法書士が完全解説】家族信託とは?メリット・デメリットから活用方法まで」 https://legalestate-kazokushintaku.com/trust/family-trust/
  4. オリックス銀行「家族信託とは?仕組み、メリット・デメリットを解説」 https://www.orixbank.co.jp/column/article/317/
  5. 大阪相続税サポートセンター「家族信託とは?日本一わかりやすく解説してみました」 https://osd-souzoku.jp/kazoku-sintaku/
  6. トリニティ・テクノロジー「家族信託とは?メリット・デメリットや手続きをわかりやすく解説!」 https://trinity-tech.co.jp/oyatoko/column/1/
  7. 家継支援協会「家族信託とは(制度の概要や仕組みについて)」 https://kakei.or.jp/家族信託とは-2/